ポルセキ新聞 お蔵入り原稿に花束を池沢さとし『サーキットの狼』の罪と罰 後編
更新日: 2007年09月07日
前回に引き続き、お蔵入り原稿を昇天させようというこのコーナー。原稿は、某大手出版社から出るはずだったポルシェ初心者向け単行本用に、今から7年ほど前にワタシが書いたものです(その後企画がお蔵入りに)。今から7年ほど前の原稿ですので、現状にそぐわない面がありますが、その辺はご容赦を。また、文中に頻発する「ポルシェ主義者」というのが、たしかこの単行本のキーワードになっていたように記憶しています。なお、文体は単行本用のままになっております。
(前編からの続き)
スーパーカーブームを振り返ってみると、あれは感染力の非常に強いスーパーカーウイルスだったことが分かる。特に、小学生の男の子によく染った。しかし、それは水疱瘡のようなもので、感染して高熱にうなされ斑点が出ると、あとは嘘のように熱が下がっていく。そして、水疱瘡に罹った証拠として皮膚に小さな窪みをほんの少しだけ残し、もう一生涯二度と感染することはない。
これが一般的だ。
ところが、スーパーカーウイルスと同時に流行した性質の悪いウイルス、ポルシェウイルスは違った。ブーム当時、これを単なるスーパーカーウイルスと誤診した例は、山のようにある。小学生の男の子なら誰でも罹るスーパーカーウイルスとは違い、ポルシェウイルスはマラリアのようなもので、高熱が続いたあとに嘘のようにいったん熱は下がる。もう直ったかなと油断していると、度々再発することになる。要するに、病原体がずっと潜伏しているわけである。
多くの三○代ポルシェウイルス・キャリアを発病させるきっけとなったのが、ポルシェ中古車の価格下落である。普通のサラリーマンであれば、ほとんど誰でもポルシェを手に入れることが可能となった現在、手頃なプライスカードをきっかけに発病するポルシェウイルス感染者の多いことといったらない。
発病した人が独身の場合、被害はほとんどないといっていい。友人がつられて発病するくらいのものだ。
しかし、こと患者が既婚者となると話しはとたんにややこしくなる。ポルシェウイルスはいわば病気だから、患者本人よりも、看病する人が非常に大変なのだ。何が大変かというと、まず患者の相手をしなくてはならないこと。ドライブにでかけるときは、必ずポルシェで行くことになる。これに関しては、患者には一点の迷いもない。加えて、休日のたびにポルシェに乗りたがるから、いわゆる一般的な家族の行動というのが取り難い。
そして、最大の問題がお金だ。ポルシェの中古車価格がいくら安くなったとはいえ、元々は新車価格が一千万円もした高額車である。新品パーツなどは、侮れないほど高いのだ。自分のお小遣いだけでポルシェの維持ができない場合、必然的に生活費に食い込んでいくことになる。
特別裕福な家庭を除いて、大抵の既婚ポルシェウイルス感染者の夫婦は、犬も食わない喧嘩をしょっちゅうすることになる。
このように、ポルシェウイルスを蔓延させた『サーキットの狼』の大きな罪は、感染者の家族に多大な迷惑をかけているところにある。
一方、功績も大きい。
ポルシェウイルス発病者のほとんどは、ポルシェ主義者となって幸せの中にいる。
ポルシェのあそこが壊れては「ああ」と嘆きつつもお金を使い、あのパーツが欲しいと「ううむ」と悩んだ挙句、結局どうにかして手に入れてしまう。貯金通帳の残高と奥様の顔色を横目で気にしながらコッソリと行うこれらの行為は、傍から見れば辛いことこの上ないように思える。もちろん、ポルシェウイルス感染者もその瞬間は辛いのだが、ひとたびポルシェに乗り込めば、そんなことは忘れてしまう。調子のいいポルシェをドライブできる喜びで、トランス状態になるからだ。ポルシェのハンドルを握っているときは、スーパーカーブームのあの頃、ポルシェに想いを馳せていた少年時代に戻れる。
世知辛いこのご時世の中で、少年の頃に戻れるタイムマシンを与えてくれたことは、『サーキットの狼』の最大の功績である。
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